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東京地方裁判所 平成7年(ワ)13691号 判決 1995年12月26日

原告

大野雄一

被告

田中真理子

主文

一  被告は、原告に対し、金一〇一万〇四六一円を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その三を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し、三四〇万円を支払え。

二  訴訟費用の被告の負担及び仮執行宣言

第二事案の内容

一  本件は、交通事故に遭つて負傷した原告が、加害車両の運転者である被告に対し、損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実

1  本件交通事故の発生

原告は、次の事故(以下「本件事故」という。)により頸椎捻挫の傷害を負い、平成六年九月二六日から平成七年四月一九日までの二〇七日間三ノ輪病院で通院治療を受けた(通院実日数七二日)。

事故の日時 平成六年九月二五日午後一時ころ

事故の場所 東京都葛飾区東金町八丁目二一番先路上(以下「本件道路」という。)

加害者 被告(加害車両を運転)

加害車両 普通乗用自動車(習志野五九ろ一五〇四)

被害者 原告(被害車両を運転)

被害車両 普通乗用自動車(足立五四た三七四五)

事故の態様 被害車両が本件道路において停止中、後方から加害車両が毎時三〇ないし四〇キロメートルの速度で追突した。

2  責任原因

被告は、加害車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

3  後遺障害についての事前認定

原告は、自動車保険料率算定会東京第一調査事務所において、後遺障害に該当しないとの認定を受けた。

4  損害の一部填補

原告は、被告の任意保険会社を通じ、慰謝料として五万円の填補を受けた(他に既払金がある。)。

三  本件の争点

本件の争点は、原告の損害額及びその前提として、原告に自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一四級一〇号に該当する後遺障害が認められるかどうかである。

1  原告の主張

(一)  逸失利益等 八〇万〇〇〇〇円

原告は、本件事故当時、株式会社コスモ環境設計において、家屋調査等のアルバイトをして収入を得ていたところ、本件事故による治療のため、右勤務先を二〇七日間休業したほか、原告は、平成七年四月一九日頸背部痛等の後遺障害を残して症状が固定したが、右後遺障害は、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一四級一〇号に該当するから、これによる得べかりし利益を喪失した。原告は、その合計額八三万六六〇〇円のうち、八〇万円を請求する。

(1) 収入減少分 四二万六八〇〇円

原告は、本件事故により、二年間にわたり収入減少を余儀なくされるものであるところ、本件事故前の収入は、平成六年五月から同年七月までは五六万五六七五円であり、平成七年五月から同年七月までは五一万二三二五円であつたから、その差額五万三三五〇円(三か月分)に八を乗じたもの(二年間分)が本件事故による収入減収分である。

(2) 昇給分 四〇万九八〇〇円

原告は、本件事故による欠勤等のため、平成七年二月の昇給(時給一〇〇円)の機会を逸したから、右二年間分について平成六年五月から同年七月までの平均稼働時間を乗じたものが本件事故による昇給減少分である。

(二)  慰謝料 二六〇万〇〇〇〇円

原告の本件事故による慰謝料は、傷害慰謝料として九五万円、後遺障害慰謝料として一一〇万円のほか、さらに被告の誠意のなさ、示談交渉や和解に対する非協力的態度、本件事故における悪質さ、原告の苦痛等を考慮して、五五万円を増額するのが相当である。

2  被告の認否及び主張

原告の損害額については争い、後遺障害の存在については、否認する。

原告は、被告の任意保険会社を通じ、すでに休業損害として一〇一万三六五〇円の支払を受けており、右金額と、原告が勤務先から支給されなかつた九六万〇一〇二円との差額五万三五四八円についても本件の填補額に含まれるというべきである。

第三争点に対する判断

一  本件事故の状況及び原告の治療経過等

証拠(甲・二ないし一〇、一二の1ないし5、一三の1ないし5、一五、乙一の1ないし4、調査嘱託の結果)に前記争いのない事実及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  本件道路は、最高速度が毎時四〇キロメートルに制限されている。

原告は、被害車両を運転し、葛飾橋上の本件道路において、前車に続いて停止していた。

被告は、加害車両を運転し、埼玉県三郷市方面から左折して、本件道路を松戸方面に向かい時速約三〇ないし四〇キロメートルで進行中、右側車線に進路を変更しようとした際、前方不注視により進路前方が詰まつているのに気づくのが遅れ、被害車両に追突した。

本件事故により、被害車両は前に押し出されたため、加害車両と前車との間に挟まれる形となつた。

本件事故の結果、被害車両は自力走行は可能であつたが、リヤー部が尻下がり状態となり、トランクリツド、左右リヤーバンパー、左右リヤーフエンダーインナー、左右リヤーホイールハウス、トランクフロアー、左右リヤーサイドバンパー等に損傷が生じたほか、ラジエーターコアサポート等に曲損が生じ、修理費として、部品代二三万八六二〇円、工賃一八万〇六〇〇円、塗装費一三万円等合計五六万五六九七円(消費税一万六四七七円を含む。)を要した。

一方、加害車両は自力走行が不能となり、車両時価の見積りが六〇万円であつたところ、修理費見積りは、部品代四一万三二二〇円、工賃一〇万一一三〇日、塗装費六万九〇〇〇円等合計六〇万〇八五一円(消費税一万七五〇一円を含む。)となり、時価額を超過したため、全損扱いとされた。

2  原告は、本件事故当時、二四歳の健康な男性であり、既往症はなかつたが、本件により頸椎捻挫の傷害を負い、事故日の翌日の平成六年九月二六日から三ノ輪病院で治療を受けた。原告には、初診時において、自覚症状として、頸項部痛と頸椎運動制限があり、他覚的な運動痛、圧痛はあつたが、その他にX線検査に異常はなく、反射や神経学的検査にも異常所見は認められなかつた。

原告は、治療初期に頸椎カラーを装着し、トリガーポイント注射(一回)と内服薬(五日分)の投薬療法を受けたほかは、治療の全期間を通じて消炎鎮痛理学療法を中心とした治療を受け、平成七年四月一九日までの間に合計七二回(概ね一か月一〇日ないし一五日程度)通院したところ、初診時と比較して自覚症状は次第に軽減し、同月一二日ころには治癒と見られたが、症状固定の診断は同月一九日付けで行われた。原告は、症状固定時においても頸背部痛を訴えていた(なお、同月一七日に岡田病院で行われたMRI検査に異常所見は認められなかつた。)。その間、原告は、平成六年一〇月ころから自らの意志で就労をしていたが、治療期間中においては、右就労により僧帽筋辺りの筋緊張が強くなることがあつた。

三ノ輪病院において原告の診療を担当した藤井信人医師は、後遺症の他覚症状として、頸椎可動域はほぼ正常だが、伸展、左側展で疼痛が誘発され、両側菱形筋に圧痛を認めており、右症状は緩解する可能性はあるが、長期間を要するものと思われるとの意見であり、平成七年四月一九日付け後遺障害診断書には、その旨記載がされている。

3  原告のアルバイト業務は屋外における家屋調査助手であり、原告は天候や気候の変化により痛みを感じることが多く、姿勢や疲労等によつては、頸部から肩背部等にかけて痛みを感じることがあつたことから、平成七年七月中に三回三ノ輪病院に通院し、注射による治療を受けた。

なお、原告が現在も頸項部痛等を訴えていることを認めるに足りる的確な証拠はない。

4  右の認定事実をもとに、原告の後遺障害について検討すると、原告の頸椎捻挫については、主として自覚症状のみがあり、X線撮影等の所見上異常はなく、可動域の制限もないことから、神経学的・器質的変化がないのはもとより、原告は従前から頸項部痛を訴えてはいるものの、その内容は、原告は屋外勤務が多いことから、天候等の変化を受けやすいことにすぎないものとみられるうえ、それ以外には、主として姿勢の具合や長時間の労働等がなされた際に痛みが出現するだけと認められ、他に頸椎捻挫の際には、しばしばみられるしびれ感や頭痛等の愁訴も当初からみられないことから、これだけをもつてしては、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一四級一〇号所定の「局部に神経症状を残すもの」に該当するとみることは困難であるというべきである(この点は、後に慰謝料において斟酌することとする。)。

二  損害額について

1  逸失利益等 一九万六五六〇円

(一)  収入減少分 認められない。

原告の右主張は、後遺障害による逸失利益を請求するものと解されるところ、前認定のとおり、原告に後遺障害は残存していないものとみられるから、これを前提とする原告の右逸失利益の主張は認められない。

(二)  昇給分 一九万六五六〇円

証拠(甲一一の1、2、一四、乙三の7ないし11)によれば、原告は、本件事故による欠勤のため、平成七年二月期に時給一〇〇円の昇給の機会を逸したこと、原告の本件事故前六か月間(平成七年三月から同年八月まで)の一か月当たりの平均労働日数は二一日(一日未満切捨て)であり、一日当たり平均労働時間は七・八〇時間(一〇二二・五時間を一三一日で除したもの)であり、原告は、平成七年二月分から一年分について昇給による利益を失つたものと認められるから(弁論の全趣旨によれば、原告の勤務先の昇給時期は、毎年二月と推認されるところ、平成八年の昇給分については、本件事故による欠勤の影響があることを認めるに足りる証拠はない。)、原告の昇給分逸失利益は、一九万六五六〇円となる。

100円×7.80時間×21日×12月=196,560円

2  慰謝料 九〇万〇〇〇〇円

原告の傷害の部位程度、通院期間、その他本件に顕れた諸般の事情を斟酌すると、原告の傷害慰謝料は、九〇万円と認めるのが相当である。

3  右合計額 一〇九万六五六〇円

三  損害の填補

原告が被告の任意保険会社を通じ、慰謝料として五万円の填補を受けたことは当事者間に争いがなく、さらに、証拠(乙二)によれば、原告は、既払金として、休業損害名目で一〇一万三六五〇円の支払を受けたことが認められ、このうち、本件において填補すべき金額は、原告の本件事故前六か月間の一日当たりの平均収入六三一八円(一一三万七三七五円を一八〇日で除したもの。甲一一の1、2)に休業期間二〇七日を乗じた金額から、原告が右休業期間中に勤務先から支給を受けた三三万〇二七五円(乙三の1ないし11)を引いた差額の三万六〇九九円と認められるから(右合計八万六〇九九円)、右填補後の原告の損害額は、一〇一万〇四六一円となる。

(198,825+227,125+190,025+203,225+172,425+145,750)円÷180日×207日-330,275円=977,551円

1,013,650円-977,551円=36,099円

第四結語

以上によれば、原告の本件請求は、一〇一万〇四六一円の支払を認める限度で理由があるが、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、仮執行宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 河田泰常)

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